ここに何か思う事、気づいた事などを自由に書いていこうかなと思い雑記のカテゴリーを作ってみました。
けれどもブログの記事にするほど書くことは無く、それこそTwitterでつぶやけばいいのだけれども、どうもTwitterでつぶやくという感覚は自分には難しく。器用にTwitterやSNSなどを使いこなしコミュニケーションを取っている若い人たちを見ると、やはり僕は一世代昔の人間なんだなと痛感します。なので、ブログの隅っこに書き殴ってゆこうかなと思いました。
こないだ、週末だったので部屋の掃除をしていたのですが本棚の本に紛れていた写真立てを発見しました。その写真立てには写真は入っておらず、台紙に昔同棲していた彼女とのプリクラが貼ってありました。
そのプリクラとは、彼女にお願いし彼女の口にガムテープを貼ってその上からガーゼマスクを着けさせ街にくりだし、一緒にプリクラを撮ったときのものでした。
で、この写真をみながら「あぁ、こんな事もしてたなぁ」と色々と思い出していたのですが。彼女はノーマルな性癖の女性だったのですがこういった僕の性癖、つまり『女の子の口を塞いで猿轡や拘束をする』そういった事も嫌だとは一回も言わずに付き合ってくれていました。つまりは、変態性も含め「自分を受け入れてくれていた」。そんな事を今更ながらに考えていました。
もし、逆の立場だったらどうだったろうか?彼女にもし縛らせて欲しいと言われたら受け入れられただろうか?絶対にNO!です。何故ならそれは耐え難い屈辱だから。ノーマルな彼女はそんな屈辱的な事も全てひっくるめて受け入れてくれたのだなぁと。
他人を受け入れること、それは決して容易なことではなくまた他人に受け入れられることとは人生において最大の歓びであり目的なのかもしれない。そんな風に考えられるようになったのはつい最近のことです、20代の僕は「彼女なんだから好きなふうにヤラせてくれて当たり前だろ」と自分の欲望の事だけを考え、相手の気持ちを理解しようとはしない若輩者でした。もし、20代でこの事に気がついていれば人生や人間関係はもっと素晴らしいものだったろうと……。そんな、後悔の念に駆られた週末でした。
ボンデージ・BDSM・Damsel in distress(略称DID)で女性が縛られ、猿轡やマスクで口を塞がれ拘束されている姿が3度の飯より好き!エロではなく変態・マニアな人間でしか気づけないフェティッシュな部分に執着したAVレビュー、他者のフェチは絶対否定しないをモットーにブログを書いています。色々なフェチの方々と情報・意見の交換が出来たら幸いです。
管理人の日々思ったことの雑記:https://jav-bondage.club/category/note/


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